因果倶時を考えた

タイの田舎の小さな家の生活日記
Devanath / Pixabay

 

”当体義抄  第四章 当体蓮華と譬喩蓮華を明かす”から

妙楽大師の云く「須く七譬を以て各 蓮華権実の義に対すべし○何者蓮華は
只 是れ為実施権・開権顕実・七譬皆然なり」文、 又劫初に華草有り聖人
理を見て号して蓮華と名く此の華草・因果倶時なること妙法蓮華に似たり 故
に此の華草同じく蓮華と名くるなり水中に生ずる赤蓮華・白蓮華等の蓮華是な
り、 譬喩の蓮華とは此の華草の蓮華なり此の華草を以て 難解の妙法蓮華
を顕す天台大師の妙法は解し難し譬を仮りて顕れ易しと釈するは是の意なり

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天台大師の法華玄義巻七下の意味は、妙法の至理には、もともと名はなかったが、聖人がその理を勧じて万物に名をつけるとき、因果?時の不思議な一法があり、これを名づけて妙法蓮華と称したのである。この妙法蓮華の一法に十界三千の一切法を具足して、一法も欠けるところがない。よってこの妙法蓮華を修行する者は、仏になる因行と果徳とを同時に得るのである。聖人は、この妙法蓮華の法を師として修行し覚られたから、妙因・妙果を?時に感得し、妙覚果満の如来となられたのである。

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因果倶時を考えたら、久遠元初から広宣流布はすでに実現し、国立戒壇もすでに存在しているのかもと思いました。

ただ、元品の無明の闇によってそれが見えない
だけなのではないでしょうか。

唱題行は心を磨きその闇をとりのぞく行のように思えます。

時間と空間にとらわれるから、ほんとうのこの世界の姿が
見えないのではないでしょうか。

どんな願いも叶うのは因果倶時の法だから。

願ったときにすでにその願いは実現している。
それに気づいていないだけ。

みんなが世界の平和とみんなの幸せを願えば、
その願いはすでに時間と空間を超えて実現している。
やっぱり唱題、唱題、そして唱題なんですね。

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