「法華経の知恵」を読んで、聞く唱題行を考えた

タイの田舎の小さな家の生活日記
Activedia / Pixabay
須田: 五感の中で最初に獲得されるのは聴覚らしいのです。広く言えば、「聞く」ということは、聴覚だけでなく、宇宙に満ち満ちた不思議なるリズムを感じとる、生命のカと言ってもよいでしょう。
大聖人は「此の娑婆世界は耳根得道の国なり」(御書 p415)と述べられています。自分の経験
からいっても、本で読んだ知識は、すぐに忘れがちです(笑い)。でも講義など、音声によって真剣に受け止めたものは、何倍も印象が強く、よりしっかりと記憶に定着するようです。
遠藤: 日寛上人は、人が亡くなった後でも、しばらくは題目を送って、聞かせてあげるべきであると言われています(『富士宗学要集』第三巻 p264)。


斉藤: 法華経でも「法を聞く」(聞法)ということが大変に重視されています。とくに方便品(第二章)や寿量品(第十六章)などの重要な説法の後では、必ず「法華経を聞く功徳」が説かれています。

名誉会長: 大聖人も「此の経は専ら聞を以て本と為す」(御書 p416)と仰せです。だから、仏の「声」が重要な意味を持っている。「妙法蓮華経」の「経」の意義について、「声仏事を為す之を名けて経と為す」(御書 p708)と述べられるゆえんです。

法華経の知恵を読んでいて面白いと思った部分があります。
”法華経でも「法を聞く」(聞法)ということが大変に重視されています”
このことです。

私は最近Yutubeで1時間の唱題の動画を音楽のように聴いて
います。唱題行というと御本尊様の前にちゃんと座って、学んだとおりに
やるのが一番いいとは思いますが、長時間の唱題は体力も必要に
なってきます。新宿文化祭のときの長時間の唱題を思い出すと
よくできたなと思いますが、それにはともに成功を祈る同士の方が
いたからだと思います。

でも、音楽のように他の方たちの唱題を聴きながら、心の中で
いっしょにお題目を唱えていると、疲れません。逆に、元気が出てきて
よけいなことを考えずに、集中できて、気がつくと心が磨かれて
きれいになった感じがします。自分の好きな音楽を聴いてる
のと同じような感じです。でも、さすがに好きな音楽も長時間
聴いているとあきてきます。でも、唱題はあきることがないのが
不思議です。

耳で聞く唱題行もあっていいんではと思っていたら、”法華経でも「法を聞く」(聞法)なんですね。

さらに、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の唱題行もあっていいのかな
とも考えています。

視覚 御本尊様を見つめて心でお題目を唱える
聴覚 唱題を聴きながら心でお題目を唱える
(2匹のわんちゃんが死んでゆくとき唱題を聴いてもらいました)
触覚 ポンポンと唱題のリズムで体をかるくたたく
(2匹のわんちゃんが死にかけてたときやりました)
味覚 料理を作るとき、食べるとき感謝の気持ちで心で唱題
嗅覚 お線香の香りをかいで心に大御本尊様をえがいて唱題
第六感 5感の唱題を極めたら、時間と空間を超えて唱題

最初24時間唱題なんて無理だ、そんなのやったら、おかしくなると思ったのですが、こう考えるとなんだかできそうな気がしてます。聴く唱題行はなかなかいいと思います。心が磨かれる感じがします。

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